- Date: Sun 28 11 ,2010
- Category: 鋼の錬金術師 感想 > 雑感
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強欲の求めたもの〜魂と絆について その1
ずっと強欲について考えていました。いつから?きっかけはガンガン2010年6月号。そう、最終回の前話「最後の戦い」を読んだ時からです。
まず、最終回を読んで、そしてネタばれを気にせず書けるようになるまで・・・とか思っているうちに半年もたってしまいました。そしてまだ、私の中でちゃんとした形で纏まっていません。色々な事を考えているので考えの方向があちこちに向いてしまって一つに絞れないかもしれません。長くなると思います。多分一回じゃ終わらない(^^ゞ
それでも何か書かずにはいられない。そんな状況です。
そんな私にお付き合いいただける酔狂な方は続き<READ MORE>から…。
まず、最終回を読んで、そしてネタばれを気にせず書けるようになるまで・・・とか思っているうちに半年もたってしまいました。そしてまだ、私の中でちゃんとした形で纏まっていません。色々な事を考えているので考えの方向があちこちに向いてしまって一つに絞れないかもしれません。長くなると思います。多分一回じゃ終わらない(^^ゞ
それでも何か書かずにはいられない。そんな状況です。
そんな私にお付き合いいただける酔狂な方は続き<READ MORE>から…。
まず最初にガンガン6月号から始まります。いや、それ以前からグリードさんの事は色々考えていました。きっかけとなったのがここなんです。
全てが欲しい。そういってお父様の元から飛び出していった強欲が求めて止まなかったものは「仲間」
それは実は最初からずっと「そういう風に」描かれていたことでした。
デビルズネストで失った仲間。日蔭者として新たに築き上げた仲間。それはお父様達との家族ごっこでは得られなかった他人との繋がりであり絆です。
彼がこの場で目にしたものはエドとその周りの仲間たちの姿です。
この最大のクライマックスにおいて、仲間が皆エドワードの名前を呼びます。それぞれが呼び方は違っていても思いの向く先は一緒です。
決していつもエドが頂点に居た訳ではないけれど今ここで皆の気持ちは一直線にエドに向かっています。そういう仲間の頂点を・・・力でねじ伏せて立つ頂点、世界の王ではなく・・・人の心が繋いでいくその頂をグリードは求めていたということなのです。
前半部分で必死にその場を仕切ろうとして空回りする姿があったのも、このためだったのですね。
そういう彼の足掻き、葛藤を、中に居たからこそリンは察して指摘する事が出来たのでしょうか?これから王たる者として生きようとするリンにとって、そういうグリードの存在はどんな意味をもつのでしょう?
この強欲を切り離すことが無かったらもしかしたらお父様の行動も違っていたのかもしれません。
元々はそこにあった思いなのですから。
こうして最後に残ったホムンクルス、グリードの行く末も物凄く気になります。
この記事を書いてからずっとグリードさんのことが頭から離れなくなりました。それはグリリンではなく、デビルスネストのグリードさんです。
彼は一体どんな思いでデビルズネストに君臨していたんだろう?何故、あんな風に執拗に魂の錬成に拘っていたのだろうか?彼の求めていた「全て」とは何だったのだろうか?と。
だってあの中で彼はカリスマとして頂点にいたと思うのです。決して力だけで君臨していたのではなく慕われいたし、口では「所有物」なんて言っていてもそこにはちゃんと「仲間」であるという認識があったと…私はそう思いたい。
魂の絆で繋がった仲間。それが彼の求めていた本質であったのならそこにちゃんと存在したのに、何故それ以上のものを求めたのか?魂の錬成がそれ以上の物だったのだろうか?
そんな思いをぐるぐると思いめぐらせていた時にかもとさんの記事に出会いました。
でも人間界をよくわかっていないから、抗争を仕掛けられて仲間を失ったり、事故や病気であっけなく死んでいくのを呆然と見守るしかなかったんだと思うんだ。
デビルズネストで、合成獣さんやただのはぐれ者やキレイなおねーちゃんたちに囲まれてるグリードさんしか作品には出てこないけれど、家出して100年人間と接するうちには、きっとそんな時代もあったと思うんだ。
それこそ先日のアニメのリンのように「何でだ!」と、「賢者の石があっても部下ひとり救えない。」と無念を噛み締めるしかなかったんだと。
だから「不老不死が欲しい」という強欲らしい口実を言いつつ、実は先に死んでしまうだろう仲間の『魂の錬成』の方法を知りたがったんだと。
この記事、泣きながら読みました。
そうか!そうだったんだね。自分自身の魂を永らえさせる為ではなく、仲間を失わないために!この世界を完璧なものにするために…。
永遠ではないけれど長い長い命。それを一人で生き抜いていく孤独。仲間との絆が深ければ深いほどその喪失は大きくなります。全てを手に入れたら永遠の絆が手に入れられると、そう思って情報網を駆使して辿り着いた「魂の錬成と定着」。
そんな風に考えていくと今まで疑問だった部分がストンと腑に落ちて、そしてますますグリードさんが愛おしくなりました。
ならず者に囲まれてやりたい放題(たぶんね)のグリードさんが求めてやまなかったものの正体が、ここにあったのです。彼の渇きと空虚の本質が。
それだけの思いがありながら、強がって最後まで「ガハハ」と笑ってお父様に飲み込まれてゆくグリードさんを私は愛してやまない!と…ええ、言いきってしまいます。
デビルズネストで語られた仲間=切り捨てられない者との深い絆とその喪失。それにかかわるラースの存在。それらはリンの存在とも密接にリンクしてくると思うのですがそれはまた別の話となります。そしてグリードさんとグリリンの求めたもののズレも感じます。そんなわけで私の強欲語りはまだまだ続きます。
かもとさんの記事を読んだのが5月。読んですぐにいてもたってもいられずに初コメント残しに行きました。随分前から鋭い考察や感想に共感するところが多くコッソリ通わせていただいていたのですが、もうこの思いを伝えない訳にいかない状態でした(笑)そこで引用の許可を頂いたのですがあれから半年(^^ゞ
随分経ってしまった事をお詫び申し上げます。そして快く引用を承諾して下さったかもとさんに感謝致します。
ありがとうございました。
全てが欲しい。そういってお父様の元から飛び出していった強欲が求めて止まなかったものは「仲間」
それは実は最初からずっと「そういう風に」描かれていたことでした。
デビルズネストで失った仲間。日蔭者として新たに築き上げた仲間。それはお父様達との家族ごっこでは得られなかった他人との繋がりであり絆です。
彼がこの場で目にしたものはエドとその周りの仲間たちの姿です。
この最大のクライマックスにおいて、仲間が皆エドワードの名前を呼びます。それぞれが呼び方は違っていても思いの向く先は一緒です。
決していつもエドが頂点に居た訳ではないけれど今ここで皆の気持ちは一直線にエドに向かっています。そういう仲間の頂点を・・・力でねじ伏せて立つ頂点、世界の王ではなく・・・人の心が繋いでいくその頂をグリードは求めていたということなのです。
前半部分で必死にその場を仕切ろうとして空回りする姿があったのも、このためだったのですね。
そういう彼の足掻き、葛藤を、中に居たからこそリンは察して指摘する事が出来たのでしょうか?これから王たる者として生きようとするリンにとって、そういうグリードの存在はどんな意味をもつのでしょう?
この強欲を切り離すことが無かったらもしかしたらお父様の行動も違っていたのかもしれません。
元々はそこにあった思いなのですから。
こうして最後に残ったホムンクルス、グリードの行く末も物凄く気になります。
この記事を書いてからずっとグリードさんのことが頭から離れなくなりました。それはグリリンではなく、デビルスネストのグリードさんです。
彼は一体どんな思いでデビルズネストに君臨していたんだろう?何故、あんな風に執拗に魂の錬成に拘っていたのだろうか?彼の求めていた「全て」とは何だったのだろうか?と。
だってあの中で彼はカリスマとして頂点にいたと思うのです。決して力だけで君臨していたのではなく慕われいたし、口では「所有物」なんて言っていてもそこにはちゃんと「仲間」であるという認識があったと…私はそう思いたい。
魂の絆で繋がった仲間。それが彼の求めていた本質であったのならそこにちゃんと存在したのに、何故それ以上のものを求めたのか?魂の錬成がそれ以上の物だったのだろうか?
そんな思いをぐるぐると思いめぐらせていた時にかもとさんの記事に出会いました。
でも人間界をよくわかっていないから、抗争を仕掛けられて仲間を失ったり、事故や病気であっけなく死んでいくのを呆然と見守るしかなかったんだと思うんだ。
デビルズネストで、合成獣さんやただのはぐれ者やキレイなおねーちゃんたちに囲まれてるグリードさんしか作品には出てこないけれど、家出して100年人間と接するうちには、きっとそんな時代もあったと思うんだ。
それこそ先日のアニメのリンのように「何でだ!」と、「賢者の石があっても部下ひとり救えない。」と無念を噛み締めるしかなかったんだと。
だから「不老不死が欲しい」という強欲らしい口実を言いつつ、実は先に死んでしまうだろう仲間の『魂の錬成』の方法を知りたがったんだと。
この記事、泣きながら読みました。
そうか!そうだったんだね。自分自身の魂を永らえさせる為ではなく、仲間を失わないために!この世界を完璧なものにするために…。
永遠ではないけれど長い長い命。それを一人で生き抜いていく孤独。仲間との絆が深ければ深いほどその喪失は大きくなります。全てを手に入れたら永遠の絆が手に入れられると、そう思って情報網を駆使して辿り着いた「魂の錬成と定着」。
そんな風に考えていくと今まで疑問だった部分がストンと腑に落ちて、そしてますますグリードさんが愛おしくなりました。
ならず者に囲まれてやりたい放題(たぶんね)のグリードさんが求めてやまなかったものの正体が、ここにあったのです。彼の渇きと空虚の本質が。
それだけの思いがありながら、強がって最後まで「ガハハ」と笑ってお父様に飲み込まれてゆくグリードさんを私は愛してやまない!と…ええ、言いきってしまいます。
デビルズネストで語られた仲間=切り捨てられない者との深い絆とその喪失。それにかかわるラースの存在。それらはリンの存在とも密接にリンクしてくると思うのですがそれはまた別の話となります。そしてグリードさんとグリリンの求めたもののズレも感じます。そんなわけで私の強欲語りはまだまだ続きます。
かもとさんの記事を読んだのが5月。読んですぐにいてもたってもいられずに初コメント残しに行きました。随分前から鋭い考察や感想に共感するところが多くコッソリ通わせていただいていたのですが、もうこの思いを伝えない訳にいかない状態でした(笑)そこで引用の許可を頂いたのですがあれから半年(^^ゞ
随分経ってしまった事をお詫び申し上げます。そして快く引用を承諾して下さったかもとさんに感謝致します。
ありがとうございました。



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愛だけは溢れている(笑)この記事から一つでも響くものがあれば嬉しいと思います。そしてきっかけをありがとうございました。続き、頑張ります!